ひとが成熟するというのは、個人ならびに共同の生活が危機に瀕したときにそれを修復もしくは編みなおす能力をそなえていることだと、かねがね わたしはおもってきた。
そのためには、現在の生活のかたちの外へといつでも出られる準備がいる。それは、大人たちが棄てた、あるいは失った、生活の別の可 能性へといつでも立ち戻れるということだ。
そういうことでなら、ひとつの生活のかたちへとまだ押し込められていない「未熟」な子どものほうが、成熟のやり なおしができる可能性をもっている。
外見の多様性が他者の多様なあり方を尊重する個人主義にまで実質化すれば、いまの若者たちはお仕着せの組織に足を取ら れたいまの大人たち以上に成熟した文化をもつことになるだろう。
そういう視点で、わたしは若者たちの行動を見ていたいと思っている。
鷲田清一 : 著 : 「死なないでいる理由」 : 小学館
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