Q21
カトリックとプロテスタントの違いについて教えてください。また,教派はなぜあるのでしょうか。
キリスト教会には、多くの教派があります。しかし、他の宗教、例えば、仏教などのように、宗派に分かれているのではありません、、仏教などは宗派によって、経典や教典も違い、教えも異なりますが、正統的なキリスト教の場合は、いずれも一つ聖書を正典として用い、信仰の土台としています。ですから、どの教派に属していても、信ずる対象は唯一のまことの神ただお一人であり、神の子イエス・キリストを私たちの救い主と信じる信仰に変わりありません。
もともと新約聖書に記されているような初代教会の頃には、教会はまだ小さな群れであり、現在のような教派もありませんでした。
そしてキリスト教は、やがてローマ帝国の国教となるのですが、こうして受け継がれていった教会は、中世になると教職者の優先や階級制度が取り入れられたり、ローマ皇帝との権力争いをするなど教会の権威を強大にすることに力を注いで、聖書の権威が軽んじられるようになってきました。
カトリック教会が、「人はカトリック教会の教理・制度、組織によらなければ救われない」と言って聖書の権威を軽んじたり、罪を償うために「免償符」を売買するなど、しだいに聖書の教えから離れてしまっている教会のあり方を問い直して宗教改革運動が起こり、カトリック教会からプロテスタント教会が生まれたのです。
そして、プロテスタント教会の中でも、マルチン・ルターの流れをくむルーテル派、ジャン・カルヴァンの流れをくむ改革派、長老派、また英国教会からはピューリタン(清教徒)など、教会政治の形態や礼典(洗礼・聖餐)の方法、聖書解釈の違いなどによっても教派が分かれていったのです。
こうして分かれた、それぞれの教派は、決して人間中心の党派的な分裂ではありませんでした。むしろ、聖書の教えに従おうとする教会改革から生まれてきたといってよいでしょう。
戦前、日本においても天主公教会、ギリシャ正教会の両カトリック教会以外に、いわゆるプロテスタント教会に属するものは30数派ありました。それが戦争中、国家の統制政策によって前記の二つのカトリックと日本キリスト教団と聖公会の4教団に統合させられたのです。
ところが、戦後日本キリスト教団からいち早く脱退して、日本キリスト改革派教会が設立したのをきっかけに、続々と教団を脱退するグループが表れました。また、外国からの宣教師による活動も活発に行われて、現在ではその数も百を越えるほどになっています。
しかし、教派がたくさんあっても、「主は一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つ一です(エペソ人への手紙4章5節)。どの教派に属している教会もキリスト者も、ひとりの神によってその信仰を与えられ、神の救いの恵みに生きるように召された人たちです。ですから、私たちは教派を越えて、国籍や民族の違い、性別の違いなどを越えて兄弟姉妹と呼び合い、祈り合い、仕え合うことができるのです。キリスト教の違う教派の人も、イエス・キリストを私の救い主と信じています。この信仰は、父なる神によって与えられたものです。
「改革派教会」というのは、神によって改革された教会神によって改革され続ける教会という意味です。私たちの教会は、聖書によって常に自らを吟味し.、自らを改革し続けていこうとしていく教会でありたいと願っています。
キリストの教会がいろいろな教派に分かれているということは、人間の間にいろいろな個性があるのとよく似ています。それぞれの個体を生かしながら、ひとりの父なる神を神として、聖書のみことばを唯一の規準として、神の前に自らの罪を悔い改めつつ、神に従っていこうとしているのです。
しかし、これまでの教会の歴史を振り返ると、教会において分裂抗争が起こったり、それが多くの血を流すようなことになるということも少なくありませんでした。このことをだれよりも悲しんでおられるのは神様ご自身でしょう。これは旧約の時代からそうでした。
神の民として召して下さった人々が、神に背いてしまうのです。しかし、それにもかかわらず、人間の罪にもかかわらず、神は人間を愛してくださいました。そして、教会を通して、キリスト者を通してそのみこころを実現してくださいました。人問の罪にも関わらず、その妨害にも関わらず、神様はそのみこころを実現して下さるのです。それがこの歴史の物語っているところです。
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